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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)177号 判決

原告 西村隆侑

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和五二年八月一七日同庁昭和五一年審判第一三二一七号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  特許庁における手続

原告は、意匠に係る物品を「リーマ」とする図面代用の別紙(一)の写真の意匠(以下、「本願意匠」という。)につき、昭和四八年八月二四日意匠登録出願をしたところ、昭和五一年九月三〇日拒絶査定を受けたので、同年一二月三日審判を請求し、特許庁同年審判第一三二一七号事件として審理されたが、昭和五二年八月一七日右審判請求は成り立たない旨の審決があり、その審決謄本は同年九月三〇日原告に送達された。

二  本件審決の理由

(一)  本願意匠の要旨は次のとおりである。

基本形状は、円柱形の基部に続いてやや細めの円柱形の軸部を設け、先端附近には螺旋突条の切刃部を設けた構成である。

この基部は、全長の約2/5を占め、後端へ向つて僅かにテーパーがついた円柱形で、後端の約1/6の部分は正、背面方向を抉りとつて厚みを約1/3の板状にした態様である。

軸部は、この基部より僅かに細い円柱形で、全長の約2/5を占め、表面は平滑である。

切刃部は、先端の約1/5を占め軸部に連続して設けられ、頂部が三角形状に尖つた四本の螺旋突条を設けた態様である。

(二)  これに対し、本願意匠の登録出願前に日本国内において頒布された刊行物である「外国カタログ(二六、二七類関係)No.5」第二八八頁中“GÜう。)の構成は次のとおりである。

基本形状は、円柱形の基部に続いてやや細めの円柱形の軸部を設け、先端附近には螺旋突条の切刃部を設けた構成である。

この基部は、全長の約1/3を占め、後端へ向つて僅かにテーパーがついた円柱形で、後端の約1/6の部分は正、背面方向を抉りとつて厚みを約1/3の板状にした態様である。

軸部は、この基部より僅かに細い円柱形で、全長の約1/3強を占め、表面は平滑である。

切刃部は、先端の約1/3弱を占め軸部に連続して設けられ、頂部が三角形状に尖つた数本の螺旋突条を設けた態様である。

(三)  そこで、本願意匠と引用意匠とを比較すると、両者は、先ず、円柱形の基部に続いてやや細めの円柱形の軸部を設け、先端附近には螺旋突条の切刃部を設けたという基本構成において共通し、さらに基部後端の板状の部分の形状、軸部の平滑な態様、頂部が三角形状に尖つた螺旋突条の態様等にも強い共通点が認められる。

これに反し両者の間には、切刃部の本数の違いから来るピツチの相違が認められるが、これは、基本形状を中心とする看者の注意を惹き易い上記共通点に比べれば、きわめて僅かな微差であつて、共通点を凌駕して看者に別異感を与えるまでには未だ至つていないものと認めざるをえない。

(四)  したがつて、両意匠を全体的に観察した場合、両者は互いに類似しているものと認められるから、本願意匠は、意匠法第三条第一項第三号の規定によつて登録を受けることができない。

三  本件審決の取消事由

本件審決は、本願意匠及び引用意匠における切刃部の構成並びにその間の著しい差異を看過誤認し、ひいて両意匠の類否の判断を誤つたものであるから、違法として取消されるべきである。

(一)  本願意匠及び引用意匠の構成

本件審決は、本願意匠及び引用意匠における切刃部の構成につき、以下の点を看過誤認している。なお、両意匠の構成に関するその余の点についてした認定は争わない。

本願意匠の切刃部は、直刃を有する四個のエンドミル刃を切刃部外周に沿つて等間隔に前方へ突出形成し、頂部が三角形状に尖り且つ溝を鋭いV字形とした四本の螺旋突条を約六〇度のねじれ角として各エンドミル刃の根本部より形成した構成である。

一方、引用意匠の切刃部は、頂部が幅広の平坦面であり且つ溝をゆるやかなマイナスアール形状とした三本の螺旋突条を約五〇度のねじれ角として先端より形成した構成である。

(二)  本願意匠と引用意匠との対比

本願意匠と引用意匠とは、円柱形の基部に続いてやや細めの円柱形の軸部を設け、先端附近には螺旋突条の切刃部を設けたという基本構成において共通し、切刃部の螺旋突条の本数の違いからくるピツチにおいて相違するという本件審決の認定は争わないが、両意匠の切刃部を比較すると次の相違点が存在するところ、本件審決はこれらの相違点を看過している。

(1) エンドミル刃の有無

本願意匠の切刃部の先端には、直刃を有する四個のエンドミル刃が切刃部外周に沿つて等間隔に前方へ突出形成されているが、引用意匠には、エンドミル刃が全く形成されておらず、螺旋突条が切刃部の先端に至つている。

(2) 螺旋突条の数とねじれ角

両意匠を正面又は平面からみた場合、本願意匠は切刃部に形成されている螺旋突条が狭い間隔で八本表われているが、引用意匠では、螺旋突条が広い間隔で五本表われているのみであり、また、本願意匠は螺旋突条のねじれ角を約六〇度としているのに対し、引用意匠はそのねじれ角を約五〇度としている。

(3) 螺旋突条の外周の形状

本願意匠における切刃部の螺旋突条の外周は、きわめて狭い幅の平坦面しかなく、ほとんど三角形状に尖つた形状であるのに対し、引用意匠における切刃部の螺旋突条の外周は、比較的幅広の平坦面を有しており、三角形状に尖つた形状であるとはいえない。

(4) 溝の形状

本願意匠における切刃部の溝は鋭いV字形であるのに対し、引用意匠におけるそれはマイナスアール形である。

(三)  本願意匠と引用意匠との非類似

本願意匠及び引用意匠における要部は、先端の切刃部の形状である。すなわち、リーマは、あらかじめ形成した下穴を寸法が正確で壁面が平滑な穴に仕上げるための切削作業用工具であり、切削作業はその切刃部によつて行なわれ、切刃部の形状により工作効率に重大な影響を受けるから、取引者、使用者が最も注意して観察するのは切刃部である。また、リーマは、基部を機械装置のチヤツクに嵌合装着して使用されるから、使用時に見えるのは軸部と切刃部であり、しかもリーマを加工対象である切削部に対応する位置にセツトしようとする場合、先端の切刃部に注目して位置ぎめをするのが通常であつて、軸部を見ることはない。したがつて、リーマにおいては、切刃部が看者の注意を最も惹く部分であり、その意匠の要部をなすものである。

そして、本願意匠と引用意匠とは、本件審決が認定するとおり、円柱形の基部に続いてやや細めの円柱形の軸部を設け、先端附近には螺旋突条の切刃部を設けているという基本構成において共通しているが、この基本構成は、リーマにおいてありふれた周知の形状であつて、意匠の類否判断において重視されるべきものではない。一方、両意匠における要部である切刃部に前記のような顕著な差異があり、両意匠をそれぞれ全体的に観察するならば、本願意匠は引用意匠と異なる美感を看者に与えるものであるから、両意匠は非類似というべきである。

本件審決は、両意匠の間には切刃部のピツチに相違があるけれども、これは共通点に比べきわめて僅かな微差であつて、共通点を凌駕して看者に別異感を与えるまでには至つていないとしているが、右判断は、両意匠の要部である切刃部の著しい相違点を看過しているものであつて、明らかに誤りである。

第三被告の答弁

一  請求原因一、二の事実は認める。

二  同三の主張は争う。本願意匠と引用意匠を類似とした本件審決の判断は正当である。

(一)  両意匠の構成は本件審決が認定するとおりである。

(二)  両意匠の共通点、相違点も本件審決が認定するとおりである。

(三)  原告が主張する両意匠における切刃部の相違点は、意匠の類否判断に影響を及ぼすほど顕著なものではない。すなわち、

原告は、両意匠の相違点として、本願意匠が切刃部の先端に形成された四個のエンドミル刃を有しているのに対し、引用意匠にはこれがないという点を挙げている。しかしながら、本願意匠におけるこのエンドミル刃は、リーマ全長の約1/5を占める切刃部の最先端(左側面)部分に、僅かに小三角柱状の微細な四本の刃を長手方向に取付けたものであつて、リーマ全長の約〇・三パーセントを占めるにすぎない。したがつて、この〇・三パーセントを占めるにすぎないエンドミル刃の有無が、両意匠の共通点を凌駕して、看者に別異感を惹起せしめる要因になるとは到底考えられないところであり、たとえ、リーマを使用しようとする者が購入時にエンドミル刃の部分に注目するとしても、それは構造、作用、効果の相違に関する点に注目するにとどまり、この程度の差異は両意匠を非類似とするに足るものではない。

また、両意匠の間には、原告主張のとおり、螺旋突条の本数や溝の形状等に若干の相違があるとしても、これらの相違点は、頂部に鋭い刃を設けた溝を持つ数本の螺旋突条より成るという切刃部における共通の基本構成中に吸収されてしまう程度の差異であるから、顕著性のあるものとはいえず、やはり、本件審決が判断するとおり、両意匠は、共通点の方が相違点を凌駕しているから、類似するものといわざるをえない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因一、二の事実、すなわち、本願意匠の登録出願から本件審決に至る特許庁における手続の経緯及び本件審決の理由については、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件審決を取消すべき事由の有無につき検討するに、本件審決は、以下に説示するとおり、本願意匠及び引用意匠の切刃部の構成並びにその間の相違点を看過誤認し、ひいて両意匠の類否の判断を誤つているものというべきであるから、取消を免れない。

(一)  本願意匠及び引用意匠の構成

両意匠の構成は、原告が請求原因三(一)において主張する点を措き、本件審決が認定するとおりであることは、当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第二号証ないし第六号証によれば、両意匠における切刃部の構成は原告が請求原因三(一)において主張するとおりであることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(二)  本願意匠と引用意匠との対比

本件審決が認定するとおり、両意匠は、円柱形の基部に続いてやや細めの円柱形の軸部を設け、先端附近には螺旋突条の切刃部を設けたという基本構成において共通し、切刃部の螺旋突条の数の違いからくるピツチの相違があることは、当事者間に争いがない。

さらに、前掲甲第二号証ないし第六号証によれば、両意匠は、本件審決が認定するとおり、基部後端の板状部分の形状、軸部の平滑な態様においても共通しているが、他方、両意匠の切刃部については、原告が請求原因三(二)において主張するとおり、エンドミル刃の有無、螺旋突条の数とねじれ角、螺旋突条の外周の形状、溝の形状において相違し、引用意匠の切刃部が螺旋突条の末端をもつて截然と終つているのに対し、本願意匠においては、切刃部は、螺旋突条の末端に続いて更に切刃部の約七分の一に当る直刃を有するエンドミル刃を備えていることが認められる。

(三)  本願意匠と引用意匠との類否

前掲甲第三号証、成立に争いのない甲第一〇号証、第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、リーマは、あらかじめドリルであけた穴の直径を正しい寸法にし、且つ穴の内面を美しく仕上げるための切削作業用工具であり、その基部を機械装置のチヤツクに嵌合装着して回転させ、切刃部によつて切削作業を行なうものであること、一般に、リーマは、切刃部の形状により、平行リーマ、テーパリーマ、はす刃リーマ、調整リーマ等に分類されていること、並びに本願意匠と引用意匠との共通点のうち、円柱形の基部に続いて円柱形の軸部を設け先端附近に切刃部を設けるという基本の形態、基部後端の板状部分の形状及び軸部の平滑な態様は、リーマにおいて普通にみられるところであつて、両意匠のみにみられる特異な構成ではないことが認められる。

右に認定したリーマの目的、使用態様、切刃部の機能及び種類等に照らすと、リーマの意匠においても、特段の事情の認められないかぎり、看者の注目を惹く部分として、切刃部の形状を除外ないし軽視すべきものではないとするのが相当であるところ、本願意匠と引用意匠の切刃部は、前記のとおり、先端のエンドミル刃の有無、螺旋突条の数、ねじれ角、ピツチ及び外周の形状並びに溝の形状において相違し、切刃部におけるこれらの相違点は、前記の基本構成、基部後端の板状部分の形状、軸部の平滑な態様における共通点の存在にもかかわらず、看者の注意を惹くところであり、これを反対に認むべき特段の事情もないから、これをもつてきわめて僅かな微差であるとすることはできない。

したがつて、両意匠を全体的に観察するならば、切刃部における相違から、本願意匠が看者に対して与える印象は引用意匠と異なり、両意匠は互いに類似しないものというべきであるから、本件審決の判断は誤りである。

三  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 橋本攻 永井紀昭)

別紙(一)

別紙(二)

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